「シン・ニホン」を読んで感じたこと。AIと共闘できる人材になるために必要なこととは?

最近、「シン・ニホン」を読み返していました。

 

 

この本は、「イシューからはじめよ」の著者として有名な安宅和人さんが書かれた本です。

 

日本の現状分析と、近未来で何が起こるのかを、データをもとに示唆している、論文のようなものです。

 

副題に、「AI×データ時代における日本の再生と人材育成」とあり、「日本の再生」と見て、話のスケールが大きすぎると慄いたものですが、読んでみると、意外と平易な文章で書かれていました。

 

それもそのはず。文面から感じるに、安宅さんは、若者にこの本を読んでほしいと思っているようですから。

 

この本を読んで僕が感じたことは、二つあります。

  • 著者の視野が広く、また視座も高いため、そもそも内容を本当の意味で理解できているのか微妙なところ(つまり理解できていない)。
  • それでも、主観を根拠とした主張ではなく、データ(事実)から推察される未来図なので、一読は薦めたい。

と、こんな感じです。

 

一つ目については、言い換えると、著者の主張を検証できないということです。

 

主張自体に筋が通っていることはわかっても、それが自然に導かれる主張なのか、それとも、主張ありきで、主張が通るように意図を持って情報を選び、組み合わせて論理を組み立てたのか。これが、安宅さんに比べて圧倒的に足りない僕の情報量では判断できません。

 

ゆえに、恥かしながら、「安宅さんの言う通り、僕らはこれからこうすべきだ!」と、真の共感からの発言もできません。

 

一方、二つ目についてです。こういう類のビジネス書は、著者一人の感覚・経験から帰納的に導き出された主張をメインメッセージにしたものが多いイメージ(Newspicksとか書いてあると特に)ですが、この本は、あくまで調査によって判明した事実(データ)と、本人(脳神経科学者)の知見を組み合わせて、主張が提示されます。

 

その点で言うと、啓発本チックな実用書などとは違います。先に「論文」と表現したのはそのためです。

 

以上のことから、安宅さんの本意ではないかもしれませんが、日本に住む人ならどんな人も、一つの未来図として、一読してみてもいいのかな、と感じます。・・そもそも自分が想定読者でない説は、この際考えないでおこう。

 

ちなみに、僕のブログの読者は、大半が、20代前半〜30代前半で、記事によってはもっと若い世代の方も読んでくれているようです。

 

「シン・ニホン」は、国を題材にするだけあって、国政に関わる話も出てきますから、明確に読者を規定する本ではないですが、先述の通り、安宅さんは、若い人にこれを読んで欲しいと願っていることを文面から感じます。

 

ですから、先ほどはハッキリしない物言いではありましたが、このブログを読んでくれているような人には、なるべく「シン・ニホン」も読んでもらいたい、と感じます。国とか、経済とか、そんなことを考えることが好きな人が、僕のブログを読んでくれているはずだからです。

 

今回は、この「シン・ニホン」を読んで、個人的に感じたことを書いてゆきます。内容を要約するのではなく、この本を読んだ、感想文です。要約を書かないのは、要約で満足してしまわずに、実際に読んでほしいからです。

 

この記事を読んで、一人でもこの本に興味を持ち、読んでくれる人がいたなら嬉しいです。

 

 



 

世界は変わるか?その前に、まずは知らなければならない。

今や当たり前のiPhone(というか、スマートフォン)が、僕が高校生の頃はまだありませんでした。高校3年生の頃、自分の周りで持っている人は、部活の先輩に1人、友人に2人程度でした。教室では、携帯電話が圧倒的マジョリティでした。そのシェアが、たった2年でひっくり返りました。僕自身、大学2年でiPhoneを持ちました。

 

これは最近の例ですが、同様に、「シン・ニホン」ではT型フォード(車)が引き合いに出され、「時代が変わる(と気が付く)のは一瞬の出来事だよ。」と教えてくれます。

 

今、時代を変える技術ではないかと叫ばれているのは、もはや聞き馴染みのある「AI」、そして、「ブロックチェーン」。どちらも、情報技術です。

 

「今のところ、自分の業界にAIやブロックチェーンが入ってきて、どう変わるのかは見当もつかない。」

 

正直なところ、僕にもピンとこないところです。ただ、それは、iPhoneもそうだったし、T型フォードもそうだったし、Web(インターネット)もそうだったのだと思います。

 

「それにまつわる知識がないのだから、ピンとこないなんて当たり前では?」とも、この本を読んで感じました。

 

iPhoneやT型フォード、インターネットの潜在能力について気がついていた人は、おそらくそれについて正確な知識があった人なのです。そしてほとんどの人は、正確に知識を持たなかったがゆえに、ピンとこないまま、急激な時代の変化だけを知覚したのです。

 

こういう急激な変化は、「指数関数的な成長」と言われています。直線的な成長ではないのです。だから、変化の途上には気がつかない。ところが、気がついたら大きく変わっている。

 

今話題のAIやブロックチェーンが指数関数的な変化を起こすものなのか。安宅さんの説では、指数関数的変化を起こす技術だと言います。

 

しかし、そう言われても、自分の今の仕事がどう変わるのかを想像するのは難しいです。AIで何ができるのかを知らなければ、その影響を知ることもできません。

 

メディアは(と一括りにするつもりはありませんが)しきりに「AIが人の仕事を奪う」と喧伝していますが、それが本当にそうなのか。

 

AIが時代をどう変えるのかについてふわふわと考える前に、まずはAIについて正確に知らなければならない。そう思わせられました。

 

「勉強の意味」とは、実はこういうことなのか?

そういう変化の大きさを理解するにあたっては、過去の歴史を振り返り、同様の事が起こったケースについて比較してみる事も重要なのだと感じました。

 

ところで、この比較、歴史をしっかり理解していれば本来簡単のはずなのに、現象の対比などの知識の使い方には慣れていないせいか、戸惑いがありました。

 

先のT型フォードの例もそうですが、歴史を巨視して、「人間ってこういうときにこういう判断しがち」とか「日本人ってこういうの得意」とか、そういうものの考え方を持てている人は少ないと感じます。

 

安宅さんが教鞭をとっている慶應義塾大学ですら同様だと言うので、おそらく、歴史から学んで現代の行動を観察する、行動に活かす、など、人文的な知識の「実践的な使い方」については、発想すらできていないのだと感じました。

 

また、歴史上、革新を導いた人が若くしてそれを成し遂げていることや、その人物像についても、僕はほとんど知りません、アインシュタインというと舌を出している写真が印象的ですが、彼が偉業を成し遂げはじめたのは、26からだそうです。

 

もちろん、現代の日本の教育制度上、過去の偉人たちと同じ基準で考えるのは難しいですが、歴史は、若さがそれくらい貴重なことだと教えてくれているのだと安宅さんは主張しています。

 

「そういう使い方・考え方を学んでこれなかった自分が悪い」と考えるべきか、「慶應生ですら学べていないのだから、教育制度に問題があった」と考えるべきなのかはわからないです。

 

ただ、「こういう使い方もできる」と教われたのですから、責任論は置いておいて、歴史を学び直してみようと感じました。

 

その積み重なりが安宅さんの世界観を形成し、今回の「シン・ニホン」を提言するまでに至っているはずなのですから。

 

はじめに「AI-ready」ありき

「シン・ニホン」を読んで、僕がいますぐに取り組もうと思ったことを挙げると、「AI-ready」な人間になることです。

 

安宅さん曰く、全ての産業はデータ×AI化してゆく、とのことです。社会のAI化は3つの段階に分けられ、日本は、初めの基礎研究(AIを支えるコア技術の研究)の段階では出遅れたと書かれています。

 

確かに、日々インターネットに触れて、AIにおすすめされることも多い事、そしてそれと同様のことを日本の企業ができていないことを思うと、日本が出遅れていると感じられます。

 

一方、AIには入口と出口があるようで、入口側(音声や画像の識別など、基本的な機械学習)で出遅れる一方、日本は出口側、つまり個々別の分野(車、建築、健診など)への応用については期待が持てるそうです。

 

どの業界においても、もともと自国で市場、供給網、需要の汲み上げノウハウなどを持っており、AIを活用させて価値を生み出す潜在的な可能性があるのだそう。

 

ただし、この勝ち筋の前に、データを収集していることの重要性への理解が必要だと感じました。そもそもAIは、膨大な情報からパターンを導き出し、そのパターンに従って判断を下すものです。よって、パターンを導き出すためには、それだけのデータが必要であり、それを準備できている事が、「勝ち筋」の前提になると感じます。

 

しかも、高度で例外的な判断を下すには、例外的な判断すらパターン認識できていなければならないはずです。つまり、膨大なデータが必要になることがわかります。この膨大なデータこそ「ビッグデータ」と呼ばれているものなのですね。

 

AIを導入するにあたっての準備を「AI-ready(AIを導入する準備ができている)」と本書では表現されていましたが、勝ち筋とか、仕事が奪われる(どうやら見当違い)云々よりも、まずはここからはじめなければならないと感じます。

 

よって僕らは、AIの技術がどのような事をできるものなのかを正確に知るのと同時に、いつでもAIを使えるように、データを電子化して蓄積しておく必要があることになります。そして、例外的な対処を任せられるくらいAIを使いこなすには、データは多い方がいい訳ですから、なるべく、AIについて知りながらも、日々、データをとっておく姿勢が求められると感じました。

 



 

確かに、AI×データ化は、仕事の未来を変えそう

AI×データ時代は、パターン認識や、それに基づく判断はAIの方が人間よりも優秀になっています。それがロボットなどの機械とも組み合わされば、確かに工場ラインに要する人員は減ってゆくのかもしれませんし、複雑な判断に必要だった(?)階層化された組織も、どんどん短縮化してゆくのかもしれません。つまり、管理者がどんどん不要になってゆくことが予想されます。

 

一方、先ほど引用したように、AIを個別の具体的な解決に応用することが今後必要になり、その手の仕事が生まれ、重要度も増してくると考えられます。その際、これまで僕らが日常的に行ってきた情報収集や状況のパターン認識をAIが行なってくれるようになっており、仕事の質が変わることが予想されます。

 

そんな中で、AIと親和するには、以下の3つのスキルをどれも少しずつ持っていること、また、3つのうち、どれかは人並み以上にできること、そして、自分と違うスキルを持つ人と補完することが重要だと言います。これらのスキルをつけておくことも、AI-ready化の一つだそうです。

  • ビジネス力(課題発見・解決力)
  • データエンジニアリング力(データモデル構築・運用)
  • データサイエンス力(統計への理解)

 

まず、ビジネス力です。そもそもAIは「これをした方が世の中のためになる」などの意思を持たないので、それを僕らが発見し、課題を整理し、解決に導く「ビジネス力」が重要だと言います。課題解決に必要なのは、その課題の論点を見つけることと、論点に答えを出すための情報集めです。つまり、どの情報があれば、課題を解決に導けるのか、という、データ収集・編集・整理など、ストーリーの設計力です。

 

データエンジニアリング力とは、その設計に要する情報を集められるようシステムを構築し、運用するスキルだそうで、この前提条件に、流行り(?)のプログラミングが挙げられるようです。

 

そして最後に、そもそもデータにどんな意味があるのかを理解する、データサイエンス力(統計読解力)です。どの指標の推移をプロットさせるのかを判断するには、それぞれの指標にどんな意味があり、その意味がどんな算出から生まれるのかという数理的な素養が必要になるそうです。

 

また、これは個人的に感じるところですが、統計データや指標は、その収集方法や算出式の前提からして、クセがあるものも多いです。よって、その情報が論拠として正しく使えるのかを見極める目も重要だと感じます。

 

こう見ると、確かに日々行う仕事には変化が生じそうです。一方、データエンジニア力以外については、今いる業界における知見が今後も重要だと感じます。これを、よりAI-readyな形式に近づけてゆくことが、今後重要になってきそうだと感じますし、やはり普段から自分の身の周りの情報を記録、あるいは自動的にプロットされるようにしておくなど、自分の周囲のデータ化や、データとして物事を見る目を養うことが重要だと感じました。

 

データエンジニアリング力をどう高めるのか?という疑問を持ちましたが、JMOOCのような様々な無料サービスもあり、情報収集や学び直しもしやすくなっているようです。僕は早速JMOOCに登録して、学んでおります。

 

エンジニアリング力を高めてゆくかどうかは、自分の業界において、エンジアリングに従事する人間がどれくらいいるのか考え、元々多いのであれば、それ以外のスキルを、もし従事する人間が少ないなら学び直し、そのポジションを狙いにいってもいいのかもしれない、と感じます。

 

と言うのも、仮にAI×データ化をしたいと思ったとき、その業界に特化したエンジニアリングをやっている人がいるなら、その人を頼りたいはずだからです。どのデータに重要度が置かれるか、あるデータがどのデータと関連するのか、どう組み合わせれば、価値を生み出す結論を導けるのか、などの概観を元々持っている人がいれば、その人に頼む方が安心ではないでしょうか。

 

そういう理由で、今からWebマーケティングにおいて、システム作りに行くのは「いばらの道」かもしれませんが、一方、農林水産業をターゲットにデータエンジニアリングを学び直し、これらの分野において、エンジニアリング力を高めることによってAI-ready化するのはアリなのでは?と感じました。

 

最終的に重要なのは、「自分らしさ」?

ただ、上の3つのスキル獲得・育成の上で、そしてひいては、AI×データ時代に根本的に必要なものは、実は以下の3つではないかと感じました。

  • 「知覚」:気が付く力のこと。知性の核心は知覚にある・・らしい。
  • 「チャーム」:人間的な魅力
  • 「自分らしさ」:上二つの掛け算によって生まれる?

そもそも、課題を発見することは「気が付く」ことから始まります。つまり「知覚」が重要です。また、データを正しく解釈することも、知覚に該当すると感じます。物事の理解に関わる「知覚」は、確かに今後、ますます重要になると感じます。

 

この「知覚」については、安宅さん自身が研究者として関心を持ってきた内容というのもあり、筆が乗っていると感じます。ここを読むだけでも、本を買って読む価値があるのではないかと感じます。

 

そして、先述のとおり、AI-ready化において、上記3つのスキルを補完的に他者と組み合わせて仕事を進めるならば、結局チャーム(人間的魅力)からは避けられません。

 

他方では個人の時代などと言われていますが、個人で稼ぐにしても、結局、想像力を働かせる、相手の意図を汲む、向き合い、建設的に対話をすることは重要です。それができなければ、個人の時代だろうが、その人に仕事はやってきません。

 

「チャーム」に関する具体的なアクションが本書では10個ほど挙げられていましたが、具体的に書かれていると、自分でもできていなかったり、できていない人を思い出せたり、思うところがたくさんありました。

 

仮に今の仕事をAI×データ化したいと考えて、それを提案しようとも、その人に「魅力がない」と周囲から判断されていれば、その案は却下されてしまいます。自分が動きたい、変えたいと思ったとき、人からの協力を得て組織を変えてゆく上で、チャームは本当に重要だと感じます。

 

そして、上記二つを掛け合わせたことによって生み出される「自分らしさ」こそ、AI×データ時代に、それに備えてAI-ready化する上で重要な役割を持つのではないかと感じます。

 

定型的な判断をAIがしてくれる時代になってゆくからこそ、定型外の能力があらためて重要なのだと感じました。

 

おわりに:シン・ニホンには、論点がまだまだたくさん

今回は、AI×データとは?その時代において必要なスキルは?人材は?など、自分ごと化しやすい点に関して感想を書きました。

 

ただ、「シン・ニホン」では、それ以外にも、教育制度に対する問題提起と改善案、税金で年金支給額が賄われている、研究開発の後回し感など、財政の問題についても書かれており、内容が多岐にわたります。

 

どの情報も、次のことを訴えてきます。

 

「日本は、もう一度立ち上がれる。軌道修正して、この先10年以上、努力をすれば。」

 

・・・確かに制度が時代に合った形に変わり、それが運用されれば、大きな変化を起こすと予想できます。田中角栄の「日本改造論」が、それだったのではないでしょうか。安宅さんの考えでは、それを頼りにしていては、あと十何年も、このまま成長鈍化のトレンドが避けられなさそうなのです。

 

であれば、この10年、ちょっとがんばってみないかということを言っているのが「シン・ニホン」なのです。

 

「怠惰を求めて勤勉に行き着く」という言葉がありますが、辛い人生を避けたいと思って手を伸ばした先には、結局勤勉があるのではないかと、感じました。

 

 

 

制作:メディアに学ぶ

提供:あたまのなかのユニバース

 

 

 

 




やてん

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントする