破壊的マーケティングの教科書「ジョブ理論」をまとめる。おすすめの読み方

「ドリルを売るなら穴を売れ」という有名な言葉があります。この言葉は、ドリルを売る者は解決方法であるドリルの「性能」ばかりに気を回してしまい、課題となる「穴」には目を向けなくなる、という意味です。ドリルを例にして、生産者本位のマーケティングに対して一石を投じています。

 

この一文を知っているマーケターは多いと思われますが、言葉を知っていても、実際に自分がその立場に立ってみると、ドリル屋と同じことをやってしまうものです。ドリル屋のようなマーケティングは、顧客を満足させることができないだけでなく、機能向上のための開発コストだけが次第に嵩み、製品が高額化してゆき、最終的には離客を招いてしまいます。

 

そのようなマーケティングの失敗に対して、解決方法を提示してくれる一冊の本があります。それが今回紹介する「ジョブ理論」です。著者は、「イノベーションのジレンマ」で有名なクレイトン・クリステンセン氏です。

 

ジョブ理論は、本来イノベーションに関する本とされています。しかし、イノベーションにはマーケティングが必須です。かのドラッカーは、企業の使命を「顧客の創造」と定義しており、そのために必要なのは、「マーケティング」と「イノベーション」だと説いています。「顧客の創造」の両翼となるこれら二つの要素は切っても切り離せない要素であり、イノベーションの成功率をあげるためのマーケティングに関して書かれた本が「ジョブ理論」なのです。

 

ちなみにこの本でいうイノベーションとは「破壊的イノベーション」を指しますが、同時にこの本におけるマーケティングを僕が名付けるなら、「破壊的なマーケティング」です。現在の市場構造を壊し、さらには既存のマーケティングの概念すら破壊する、「ジョブ理論」の破壊的マーケティング。その考え方について、今回はまとめようと思います。

 

 

既存のマーケティングを考える

さて、ジョブ理論に関して「破壊的マーケテイング」と勝手に名付けましたが、なぜ、ジョブ理論は「破壊的」なのでしょうか。それを説明するためには、破壊的でない、安定的な(?)マーケティングについて説明する必要があります。

 

この本を読む中で気がついたのは、「マーケティングを何から始めるかを自分は考えたことがなかった」ということです。セオリーでいうなら「市場調査」→「STP」→「4P」です。なのですが、それはこれまでの製品の延長にある物を新たに売る際のセオリーです。それが売れなくなっているから、「破壊的なマーケティング」が必要とされるのです。ところが、全く新しい物を作ろうとするとき、市場調査をするにしても、どんな調査をすればいいのでしょう。

 

そんなとき真っ先に思いつく市場の指標が「居住地域」とか「年齢」とか、「性別」とか、簡単な属性データです。それらを組み合わせて、他社の未参入セグメントのうち、自社の技術が解決できる範囲を見つけ出そうとします。例えば、これまでは20代が主な使用者だったが、今後は30代、40代に狙いを定める、などです。ところが、その範囲にいる顧客が、自社の技術、その製品を求めるものがあるのかどうかは、定かではありません。2019-01-31-22.13.59.png

実際のところ、こういうSTPは無駄に時間をかけ、結局無意味に終わることが多い

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では、考える順番を変えてみてはどうか。今まで開発・販売してきた製品を一通りマッピングしてみて(ポジショニングから始める)、競合の製品もマッピングしてみて、未参入の領域がないかをチェックしてみます。しかし、このマッピング、今まである製品の機能に基づいて分類していますし、そのマッピングの「穴」の部分を埋めるような製品が、顧客に喜んでもらえるかはやはり全く別の話です。

 

そう言うわけで、新たな物を生み出そうとする者にとって、既存のマーケティング理論は扱いづらく、無駄な労力になる結果になってしまうことが多いようです。

 



 

既存のマーケティングの例外

ここでちょっと具体例を考えてみます。自分でカップラーメンを作るとします。どう作りますか?ポットで沸かしますか?ケトルかヤカンに水を入れ、ガスで熱しますか?それとも、ティファールの電気ケトルで沸かしますか?

 

この三つの中で、ゼロから一番早くお湯が沸かせるのは、ティファールの電気ケトルです。確か、90秒、だったか。ガスでお湯を沸かすなら数分単位の時間が入りますし、電気ポットに関してもそうです。

 

ところでもう一つ。カップラーメンを作る人は、なぜカップラーメンを食べるのか。他の食事よりも好きだからでしょうか。多くの人は、数ある食事の中から、「美味しいから」という理由ではカップラーメンを選ばないと思います。

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ティファールの電気ケトル。空気のように使っているのではないだろうか。

理由は、「早いから」「簡単だから」です。これらの理由でカップラーメンを食べる人が、お湯をガスや電気ポットで沸かすのか?否、沸かしません。きっとこの人は、この三つの方法が並べられたら、ティファールの電気ケトルを選ぶはずです。カタログで性能を見れば、電気ポットの方が便利そうに見えるのにも関わらずです。電気ポットには数段階の温度設定がありますし、保温機能もあります。

 

それら複数の機能があっても、早く作って食べられるカップラーメンを食べる人にとっては、無用の長物です。もちろん、電気ポットを使った人が常に水を補充して沸かしてくれれば、電気ケトルを新たに用いる必要もありませんが、電気ケトルが必要な職場(忙しい現場)では、みんながみんな、そんなマメな人ではないでしょう。結局、早さが命の人にとっては、すぐ沸く電気ケトルが強いのです。しかも、電気ポットが2万ほどするのに対し、ティファールのケトルは8000円ほど。半額未満です。「破壊的価格」、「破格」です。

 

今でこそ電気ケトルも「当たり前」ですが、それがなかった時代は、お湯をコンロで沸かすか電気ポットで沸かすかの2択が「当たり前」だったのです。

 

ここで、電気ケトルがまだ生まれていないと仮定して、上述のSTP→4Pのマーケティングをしてみるとします。ポットをマッピングしていく中で見つけるニーズの「穴」に、ケトルを求める顧客は存在するのでしょうか。おそらくいないでしょう。電気ポットをマッピングする際の軸には、既存の指標である「温度設定は何段階できるか」や「電気代の安さ」などが選ばれるので、「沸くまでの早さ」という評価軸を発見できないのです。

 

何事も、初めて市場に入るときは真新しい軸で作られたはずなのに、一回作ってしまうと、機能の改善に注力してしまうあまり、顧客の求めることが見えなくなってしまうのでしょう。

 

ティファールの電気ケトルを例に、マーケティングのセオリーの例外について知ってもらえたと思います。ティファールはこれまでのSTPから始めるマーケティングでは生まれ得なかった製品です。これを、破壊的イノベーションと呼びます。そして、イノベーションを実現させるマーケティングがジョブ理論で扱う「破壊的マーケティング」です。

 

破壊的マーケティングの鍵は何か

これまで、「ジョブ理論」の中で説明する「既存のマーケティングが無駄なことをやっている」ということを、整理しました。理解してもらえたでしょうか。ここからは、既存のマーケティングを破壊する「破壊的マーケティング」が、なぜ「破壊的」なのか。それについて整理してみます。

 

前節で、既存のポットのマッピングでは、ティファールのケトルは生まれてこないとお話ししました。では、ティファールはなぜこれを思いついたのか。ここが重要です。重要なのですが、きっかけは案外簡単であることが多いというのも、この本や世の中の新たなサービスを見ても感じるところです。

 

おそらく、せっかちな誰かが、お湯が早く沸かせられなかったせいで、お客さんの対応をしなければならず、カップラーメンを食べる時間さえなかった、とか、そんなことがあったのだと思います。こういう発想は、セグメンテーションでは出てきません。セグメンテーションの基準は、全体を漏れなく、だぶりなく分ける概念(年齢や性別、商圏)に固執してしまいがちだからです。実際に人が何かを買う場合、その理由は「周りも知らないその人特有の状況」を重要視していることが多いからです。

 

「ジョブ理論」の中で紹介される破壊的イノベーションの例も同様で、「こういう不便さがある」と、創業者らが気がついて、その経験を元に新たな製品/サービスを開発しているようです。このような「口には出せないモヤっとした欲求」を、一般的には「潜在欲求」と呼びます。ジョブ理論では「受動的データ」と呼んでいます。これらの情報は、僕らに訴えかけてくることはなく、僕らが探し当てなければいけない情報であるため、顕在ではなく、潜在。能動ではなく、受動です。外に出てこない情報なのだから、セグメンテーションの基準にしづらいことが分かるでしょう。

 

つまり、破壊的イノベーションの鍵は、「潜在的」あるいは「受動的」な「日頃の不満」なのだと思います。では、その不満をどうのように探ってゆくのか。次はそれをまとめてゆきます。

 

名ばかりの市場調査とジョブ理論の市場調査

既存のマーケティングでも、市場調査と題して顧客へのインタビューが行われ、顧客の求めているものを理解しようとしますが、そのインタビューも、先ほどのマッピングと同様、「温度の多段階設定はありがたいか」「段階は多い方がいいか」とか「長時間使用による電気代を気にするか」とかそんな質問になるのようです。

 

当然、「機能が少ないよりは増える方がいい」と顧客は思います。逆に、「何が何でも早く昼ご飯を食べたいから、すぐに沸いてもらわなきゃ困る」とフリートークの欄に答える人はいないでしょう。

 

というように、既存のマーケティング思考でアンケートを行うと、「自社が頑張って改良している機能」に需要があると思ってしまい、そのループが繰り返されるのだそうです。

 

では、破壊的マーケティングにおけるアンケートでは、何を調査するのでしょう。鍵である「受動的データ」は、どのように発見するのでしょうか。

 

顧客がそれを買った状況を、超細かく聞くのがジョブ理論です。「その日の天気は?」「一日どんな気分だったか?」「誰と買い物にきていたか?」「それが目に留まってどう思ったか?どうして目が留まったか?」「何か悩みごとがあったのか?」とか。かなり、「その人だけの特有の事情」に集中して尋ねていますし、アンケートなんてものではありません。尋問並みのインタビューです。

 

しかし、こういったフリー形式の調査こそ、「実はどんな不満があったのか」がわかるのだと言いますし、実際のエピソードを読むと納得させられます。この内容を読むだけでも、「ジョブ理論」を買った価値はあると感じます。

 

欲求は「機能」だけでなく「感情」「社会」の3つについて考える

なぜそこまで細かくインタビューをするのかといえば、「なぜ他を差し置いてまでその製品を買うのか」を知るためですが、本質は、その製品を買った理由が「本当は何を求めてのものなのか」なのだと思います。

 

ジョブ理論はその「何を求めて」を、「機能」であり、「感情」であり「社会」と表現しています。また、これらのどれか、ということはなく、この三つは相互に結びついています。ティファールの電気ケトルでいうなら「90秒で沸かせる」という機能かと思いきや、本当に欲しかったのは「早く昼ご飯を終わらせる」という感情面だったり、なぜ早く終わらせたいかと言えば、「すぐに仕事を終わらせないと、上司にとやかく言われるから、時間が惜しい」という社会的な欲求に基づくものかもしれません。「感情」、「社会」の欲求は本質的な欲求でありますが、これらは通常、表に出てきません。

 

そういう奥底の欲こそ「潜在欲求」。ジョブ理論でいう「受動的データ」です。これを「深い洞察」、また、ある人は「インサイト」と呼んでいますが、いずれにしても、欲求を「機能」「感情」「社会」の三面で考えることが重要で、その三つが見えてきて初めて、本当は何を求めていたのかが理解でき、それを探し出すマーケティングこそ、「破壊的マーケティング」と呼ぶのです。さらに言うなら、「破壊的マーケティング」とは、この本の副題にある「イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」を理解することだと言えそうです。

 

終わりに。ジョブとは何だったのか

ジョブとは、先ほど述べた、「ある特定の状況下で」「機能面」「感情面」「社会面」を改善・進歩させたい、という欲求です。そして、人はそのジョブを解決するためにある製品/サービスをハイア(雇う)します。それがジョブ理論であり、「破壊的イノベーション」の成功率をあげるための「破壊的マーケティング」です。

 

ジョブ理論を適用した具体例、詳細が気になる方は、ぜひ、本を読んで、クレイトンの深淵なるマーケティングの理論に触れてみてください!特に三つの欲求を理解するためのアンケート内容に関してはいろいろな気付きが得られるのではないかと感じます。

 

もしこの記事を読まれたならば、そしてその方が「ジョブ理論」に興味を持って本を手にとるきっかけになれば、あるいは、何らかの気づきをえてもらえたなら、なお幸いです。

 

制作:メディアに学ぶ

提供:あたまのなかのユニバース

 

 




 

やてん

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