日本の経済を再生させるのは、バナナマンの日村さんなのかもしれない

景気を天気に例えると、現在の天候を「快晴です」と答える人は、ほぼいないかと思います。

 

だいたいが、「薄曇り」、「曇天」・・人によっては「雨・あられ」。そしてそれは予報でも同じで、今後、晴れになる見込みを語る人はほぼいないのではないかと感じます。

 

この閉塞感は、どうして生まれたのか。そして、どうしたらこの息苦しさから開放されるのか。今回は、意味もなくぼーっと考えた週末の話、というより噺を、ひとつ書いてみようと思います。

 

日銀は、起業家に求愛し続けなければならない

日銀の黒田総裁が、先日、追加で金融緩和を行ってゆく方向性を示しました。これに対して僕は、現状は苦しいままだな、と感じました。

 

金融緩和とは、中央銀行である日銀が、都銀や市銀(以後、2つ合わせて市中と省略)などが保有している国債を買い、その対価としてお金を供給したり、あるいは利子率を下げたりして、お金の流れを改善させようという取り組みです。

 

理論的にいえば、市中に存在するお金が増えれば、市中のお金を貸したい欲求が増し、民間企業への貸し出しを増やそうとします。その貸し出しを民間が受け取り、投資から新たな売上を生み、それによって、取引先や従業員の懐も潤い、消費の拡大にもつながれば、というのが、大きな狙いです。

 

しかし、現状、民間投資は経済に波及効果を生むほど活性化はしておらず、「金利が安いうちに、設備の買い替えしておこう」くらいの効果であるとされています。また、コロナウイルスの感染拡大や、消費増税が重なったことで、アベノミクスの発令以後、日銀の金融緩和によって微増を続けた民間投資は冷え込んでしまいました。

 

さらに言うと、民間投資を増額させたとはいえ、最終消費支出(普段の買い物)にいい影響が出たかといえば、そうとも言えませんし、こちらも消費増税、コロナウイルスを受けて、一気に1割減となってしまいました。ここについては、宣言が開けたことによる回復は期待できますけどね。

 

本来、日銀が民間投資に期待するのは、国民の多くが買いたいと思うような新規の製品・サービスを生み出す設備にお金が使われることなのですが、設備の買い替え需要にお金が回ってしまっては、いくら市中にお金を供給したところで、経済への影響も小さなものにとどまります。とはいえ、かと言って金融の引き締めを行うような場面ではないことは明らかです。

 

日銀は、金融政策においては、民間の挑戦を待ち、背中を押すまでしか協力できない存在なのです。

 

ですから、「金融緩和続けます!」の求愛をここ10年弱続けている純情な黒田氏を見ているこちらも、苦しく感じてしまうのです。「いい使い手がいればね・・!」「いいこと思いつかなくてごめんね・・!」と。

 

政策の「もう一方」は?

金融政策は日銀が行うものですが、もう一方の政策、つまり政府の政策である「財政政策」はどうでしょう。実は、現日銀総裁の黒田さんが金融緩和を推し進める一方、前総裁の白川さんは、不景気時には財政政策を推し進めるべきだとしていました。

 

僕は個人的に、日銀が求愛してもなかなか民間投資が応えられない現状、金融政策よりも財政政策主導であったほうが良いと考えており、黒田さんには悪いのですが、選挙で日銀総裁の不信任投票もできたらいいのに、などと思っています。

 

財政政策とは、公的プロジェクトなど政府の支出で民間を潤し、その波及効果を狙う政策です。最近でいうと、リニアもその一つです。政府の支出は税金で賄われており、その支出が民間・消費者へ向かい、最終的には法人税・所得税へも還元されることを期待しています。

 

これを考える場合、次の時代を担うような稼ぎ頭が何になるのか、それが及ぼす経済効果はどのくらいか、などの未来を見据えた評価と投資が必要になります。

 

ところが現状、政府の支出は3割以上が社会保障費に向かっています。厚生年金あるいは国民年金の徴収額では現時点あるいは将来の支給額を賄えないため、税収を社会保障費に充てがう事態になっています。発行した国債の返済を足すと、政府予算の半分以上が、過去への返済に向かっていることになります。

 

そんな切り詰めた状態ですから、政府も賭けに出るような行動は難しいです。

 

大きなプロジェクトへ投資し、それが失敗あるいは大きな効果を生まなかったとなれば、その責任は計り知れません。別の意味で後世に語り継がれることになります。

 

この立場を自分が任されることを想像しても、指や足の先が急に冷えるような緊張を覚えます。

 

また、こういったプロジェクトを政府が主体となって推進してゆこうとすると、各政党の支援者との利害関係で多分に政治的な駆け引きが行われ、時間の面から見ても、大きな労力が発生する可能性が高いです。それでは、時間がかかりすぎます。

 

・・・と、そんな状態が、現状の日本です。なかなか厳しいよなぁ・・・と思う次第です。

 

消費者の消費をどう活気づけるのか

政府や日銀の現状を思うに、やはり、民間が草の根でどうにかやってゆくしかなさそうな結論に至ります。

 

では、民間はどのように消費を活気づけるのかです。

 

家計から税金などを除いた「可処分所得」のうち、どれくらいを消費に使うのか示す指標に、「消費性向」があります。ちなみにこの数値の逆数は、「貯蓄性向」です。みなさんの予想通り、消費性向は数十年でかなり下がってきています。可処分所得が微増でも、その行き先が金融投資など、積立に向かってもいるので、消費額はなかなか上がらないのです。

 

「消費者により多く消費してもらうためにはどうすればよいのか?」という問いは、「どのように人口を増やすのか」✕「消費性向をどのように上げるのか?」に分解できますが、今の所、日本は人口減少トレンドですから、もう一方の消費性向に注目したほうが良さそうです。ではどのようにそれを改善させるのか。

 

 

 

こんなときこそ、根拠のない陽気です。

 

・・・?

 

根拠のない陽気です!

 

・・・さんざんここまで経済理論の裏付けと指標から、現状を考えてきたのですが、僕はこの消費性向を伸ばす要因に、一つ思い当たるものがあります。

 

それは、先行きに対する錯覚です。

 

将来がこれからも良くなってゆきそう!という、漠然とした周囲の雰囲気です。高度成長期やバブルの頃(僕が生まれたのが崩壊の年なので、全く知りませんが)の根拠のない空気感こそが、消費性向を大きくさせるのではないかと感じます。

 

そういう意味では、謎の期待感があったアベノミクスは、意外と悪くなかったのではないかと感じます。

 

もしかしたら、このアベノミクスを批評する人が、「これは実際にはあまり意味なくてですね・・」と内訳をすぐに話さずに国民を見守り、国民を冷めさせないことで財布の紐を緩めさせていれば、勘違いから始まったとはいえ、結果的には消費支出が上向きになっていた可能性もなくはないのでは・・などと感じます。

 

こういう陽気な雰囲気で真っ先に思い出すのは、バナナマンの日村さんです。

 

この人は、まだ全くの無名で相方の設楽さんと組み始めた当初に、「設楽さん、俺たちこれからすごいことになるよ」と、謎の予言めいた発言をする人だし、今でもあまり考えずに、割と陽気に人を励ます人です。いつもだいたいニコニコ笑っています。

 

僕の友人にもこういうタイプの超陽気な友人がいるので、たまにしか会えませんが、結構元気と陽気をもらっています笑 彼は、奥さんに「日本人っぽくない」と言われるほど陽気です。

 

日本の経済を再生させるのは、こういう「陽気さ」なのかもしれない、と思うのです。

 

頼りになるのは、根拠のない晴れ予報?

天気の予報は当たり外れがすぐにわかってしまいますが、経済の予報は、仕組みも複雑なものであるだけあって、なかなか判断しづらいものですし、なんとなくの感情論で解釈しがちなものではないでしょうか。

 

でも、それくらいでいいのかもしれなくて、学者や批評家は、もう少し自身の学説を飲み込んでみてもいいのかもしれない、などと思いました。

 

そして、僕も、今後はさっきまで言っていたような「日本は厳しそう」的なことを筋立てて人に話すことをせず、文章にもせず、飲み込んで、逆に陽気さをばらまいてみようと思い直しました。

 

日本の厳しさをなんとなく理解しつつも、どうにかならんもんか、と思っている皆さん。まずは陽気を振りまいてみませんか?笑

 

これを無責任に提案して、おわりにします。こんなことをふわっと思い至った、週末でした。

 

 

追伸:

もちろんですが、「異世界に転生したらチートだった」みたいな最近よく見かける奇跡は、さすがに期待しすぎだと思いますので、陽気にもベクトルと限度があるとも思いますけどね!陽気になりつつも、がんばりはしたほうが良いと思っていますよ。

 

制作:メディアに学ぶ

提供:あたまのなかのユニバース

やてん

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