島津のハイコントラスト ー下町ロケット ゴースト・ヤタガラスより

「技術者は、ひたすら物を相手にしているように見えて、実は違うの。人の心を相手にする仕事なの。」

ー島津裕

 

島津裕は、下町ロケット ゴースト・ヤタガラスの要だと感じます。

 

彼女は、大企業である帝国重工の元社員であり、技術者です。帝国重工から訳あって退職し、ギアゴーストという会社の共同経営者として独立しました。島津は、帝国重工時代から「天才エンジニア」と呼ばれていました。その名は、彼女が退職した後も社内で轟いているようです。島津が退職した理由は、前回の記事で紹介した伊丹と同様、左遷に遭い、自分が望む仕事ができないためでした。伊丹とは左遷先の総務部(要は事務職の部門)で出会い、起業に至ります。

 

島津と伊丹が起業したギアゴーストは、創業5年で年商100億円にまで成長しました。この凄さは、主人公の佃が社長を務める佃製作所と比較すると、わかりやすいでしょう。佃製作所は昭和39年創業、社員数およそ200人の会社で、年商100億円のようです。つまり、ほぼ同等です。佃も作中、このギアゴーストの年商には目を丸くしていました。しかも、ギアゴーストは、たった社員30人です。ギアゴーストは企画設計会社であり、製造ラインを持たず、製造は他社に依頼しています。設備投資、製造にかかる人材、在庫が必要ないため、非常に効率性の高い経営を営んでいるのですが、その要が、島津の企画設計力です。先に挙げた年商を思うと、島津の設計と製品は、非常に高い評価を受けていることがわかります。しかし、それだけではないと僕は考えます。彼女の設計思想の根底には、彼女の信念が存在すると解釈できるのではないでしょうか。島津は、佃に対して、以下のように述べます。

 

「快適で、斬新で、何より人の役に立つ、そんなトランスミッションを作りたい。それが私の、ギアゴーストの夢なんです。」

 

島津はこの信念を帝国重工時代から持ち続けていました。それは過去の回想として描かれています。帝国重工では彼女の設計思想は評価されませんでしたが、ギアゴーストの取引先は島津のこの信念に基づいたトランスミッションを、その斬新さや快適さで高く評価しているのだと予想できます。また、外資企業でトランスミッションメーカーであるケーマシナリーが、競争相手としてこの勢いを恐れ、ギアゴーストに不正な特許侵害を仕掛ける事を見ても、彼女の設計力の高さを理解できます。山崎が言うように(このセリフは、ドラマオリジナル)彼女の技術は本物なのです。

 

そんな島津の物づくりへに対する信念、考え方、実績を理解すると、本作品のストーリーは、島津と他の登場人物の考え方を対比した構成で進んでいる事に気がつきました。島津は、ギアゴーストの要であり、物語の要でもあるようです。どういう事なのか、具体例を挙げてゆきます。

 

本末転倒(1話〜2話)

この言葉は、物語冒頭で出てきます。「ストレス発散するためにボウリングに来ているのに、レーンコンディションなんてチェックして楽しいですか?本末転倒ですね」と、佃が島津に言われる事と、バルブ(トランスミッションの部品)を必要以上に高機能にする事で却って壊れやすくしてしまう事を掛け合わせた流れです。前回の記事でまとめましたが、ギアゴーストは、コンペ(競売)で部品の取引先を決めます。このバルブのコンペには、佃製作所と大森バルブの2社が参加しました。結果は、佃製作所の圧勝に終わりました。

 

大森バルブがバルブの高機能化を追う一方、佃製作所は、トランスミッションが使われるトラクターに最適な機能を搭載させ、バルブ全体の設計を簡素化させました。大森バルブが400以上のパーツを使う一方、佃製作所は150ほどのパーツでバルブを完成させます。佃製作所によるユーザー目線の設計思想が島津に響き、コンペは佃製作所が勝利した、という話です。

 

最後に、佃も大森バルブの辰野に、このように言い放ちます。

「本末転倒。そんなスペック、無駄なんです。」

この言葉は佃が放ったものですが、この思想は佃が(原作では、立花、加納が軽部の助言から学び)物語の中で到達した領域であり、そこにはすでに、島津の信念が存在します。つまり、佃製作所の面々が、物語内で成長し、島津の領域に足を踏み入れるに至った、という事なのだと感じます。ゆえに、この「本末転倒」は、無駄なスペックを追求した大森バルブと、島津の信念を対比したものであると、考えました。

 

まだ早い。(第10話)

このシーンは、焦る佃製作所と、島津を対比しているシーンです。

島津は、重田によって扇動された伊丹により、ギアゴーストから追い出されてしまいます。その島津を佃製作所は迎え入れます。重田と組んだ伊丹は、無人農業トラクターのダーウィンを製造し、いち早くモニター募集に踏切ります。一方、佃製作所がトランスミッションを提供する帝国重工は、社内の混乱により無人トラクターの開発がなかなか前進していませんでした。ここで販売にまで先手を打たれたら・・と佃製作所の面々が焦るとき、島津は「まだ早い。」と遮ります。以下は、10話の一部を抜粋した内容です。

立花「まずいですよ。(中略)ウチも早くしないと。」

加納「あくまでモニターですから、ウチもやろうと思ったらできるんじゃないですか?」

島津「まだ早い。テストも十分にできていないトラクターを農家の人に使ってもらうつもり?

(中略)まずは徹底的に改善点を洗い出す。モニターといえど中途半端なものは出しちゃ駄目。」

技術力が高いと評価される佃製作所も島津を前にすると、やはりまだまだのようです。島津の信念はここでも、全くブレません。

 

安堵する伊丹の未熟さ(11話)

上述の10話から始まるモニター募集で、ダーウィン側は不具合を無視(社内で技術担当者が隠蔽)した事が原因で、販売後に大クレームを起こしてしまいます。この技術担当者は島津の後任でギアゴーストに入社した氷室という者ですが、彼はその不具合の原因を自分の設計に求めませんでした。確かにこの技術者にも問題があるのですが、一連の騒動に関して本当に島津と対比させるべきは、伊丹でしょう。不具合が初めて出たシーンで、その原因がギアゴーストのトランスミッションの設計にあるのでは?と疑われたが、実際は違った、という場面がありました。原因が自社にないと分かった伊丹は、不安が解消され、「良かった・・」と胸を撫で下ろします。

 

10話のシーン抜粋で分かるように、島津がギアゴーストにいたら、不具合の原因が自社にない事で胸を撫で下ろす必要など、あり得ません。島津であれば、予めテストで徹底的に改善点を洗い出し、改善してからモニターに提供するからです。伊丹は、ビジネスモデルの企画には優れますが、技術を見る目がないため、技術者の能力の差異がわからず、後任と島津の違いも明確には認知できなかったでしょう。そして、伊丹がもつ自社のトランスミッションへの絶対的な自信も、徐々に不安に変わってゆきます。当然です。この記事の冒頭から書いてきたように、ギアゴーストの根本的な価値は、島津の設計思想や信念にあるのですから。その上、連れてきた技術者は、不具合を解決する術を持たず、最後まで責任逃れをする人材です。「まだ早い。」と島津が助言してくれれば、伊丹は不具合に心配することもなく、後々ギアゴーストが大きな問題を起こさずに済んだでしょう。物づくりに対する姿勢が、はっきりと見えたのが、このシーンでした。

 

島津の信念は作品内にコントラストを生む。

本作品の要となる島津の信念がいかにブレず、作品内でいかに重要な対比として扱われていたか理解していただけたと思います。作品内で一貫していた島津の信念は、他のシーンや人物をより弱く、不定安にしてくれます。島津が全くブレない人物だったからこそ、下町ロケット ゴースト・ヤタガラスは良い構成になり、また僕含め視聴者に、「何が大切か」を教えてくれたのではないかと思います。

 

またまた長くなってしまいました。次は、戦略と組織に関して、下町ロケットを題材に考えてみたいと思います。

 

下町ロケット、気になる方がみえたらPrime Videoでご覧いただき、記事の内容を加味して楽しんでいただけたらと思います。

やてん

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