オシャレとは、「如意」であること

昨日、進撃の巨人が発売していましたね。早速読みました。また感想をあげようと思います。別冊マガジンの連載もチェックしましたが、進撃の巨人、相変わらず先が読めません・・。

 

さて、漫画といえば、最近めっぽう「あさひなぐ」にハマっています。以前も「優しさとは?」について考えを整理した記事でも取り上げましたが、あさひなぐも結構いいセリフ、シーンが多いですし、学びも多いです。

 

進撃の巨人よりも、僕らの現実に近い悩みを抱えるキャラクターが多く、一度読んだら読者の心を掴んでしまうのではないかと思います。乃木坂ファン(と名乗ることにした笑)としては、実写映画は良かったのですが、あの試合中の真剣で心惹かれる表情を、実写で再現するのは難しいと思いましたね。ぜひ、アニメで観てみたいです。

 

今回ピックアップする「あさひなぐ」のなかで印象に残ったシーンはこちらです。

IMG_1525.jpg

IMG_1524.jpg

孫悟空の如意棒は知っていましたが、如意という言葉を「伸び縮みする」という意味で捉えていた自分としては、「そうなのか」と新たな学びを得ました。

 

ここでは、薙刀を、握り手を緩めてすっぽ抜け状態にして、スルッと伸ばして遠い位置の小手や面を打つことを如意と言うのではないと語られています。「自在に操ることが如意の本質である」とも教えてくれます。

 

最近包丁の正しい持ち方を知ったのですが、力の入りが良いのに驚いたこともあって、このシーンは妙に心に残りました。道具とは押し並べて、使い方を極めてこそなのだと感じました。

 

そうなると、どんどん「如意」を発展させたくなるものです。そこで考えが至ったのが、服のコーディネートです。

 

再三述べている通り、このブログは実は一回作り直していまして、以前のブログには「オシャレとは何か?」をテーマにした記事もありました。その記事の中で、僕は「オシャレとは、必然性である」とオシャレを定義しました。

 

必然性と言うのは、「その場所で、その人がその服を着ていることが自然であること」を指します。「場所」というのは、いわゆるTPOです。また、同じ服でも、顔つきや仕草によって服のデザインに向き不向きはあると思います。その人の醸し出す雰囲気とでもいうのか、なんとなく感じるその人の固有性とマッチした服を着ている人を、自分はオシャレだと感じるのです。この二つの要素を合わせ、僕はオシャレを「必然性」とまとめましたが、「必然性」よりも、「如意」の方が、より自分の伝えたいことを正確に表していると感じます。

 

オシャレとは、服を意のままに操ること。その服の特徴を理解して、適した場所で、自分を表現できること。まさに「オシャレとは如意である」のだと思います。

 

 

 

やてん

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントする