起業基礎力講座を受けてみて 「自分の頭で考える」とは

12月16日の日曜日、「企業基礎力講座」というものを受講してきました。この講師の方は、「顔出しNGの副業」「ノート3冊分の自分史」で、一部の方々の中では有名です。お名前は阪井裕樹さんという方です。よかったら検索してみてください。

 

どうFacebookで友人になったのかはわからないのですが、前々からこの方が勧める「自分史」には興味がありました。また、今回の講座の副題が「もう一度原点へ」で、「自分の頭で考えること」に関して講座を行ってくれるとのことでした。「企業基礎力=自分で考える力」ということなのでしょう。僕は起業をしたいとは思っていませんが、「自分で考える」とはなんなのか?には、興味がありましたので、今回、参加を決めました。

 

自分で考える=価値観にあった選択をする

阪井さん曰く、自分で考えることは、自分の価値観に合ったことを行うことなのだそうです。価値観に合わないことは「精神的に障壁を感じる」のだそうで、例えば続かないこととかは、その人の価値観に合っていないこと、なんだそうです。

 

では、価値観って何なのかというと、「その人の好き嫌い」なのだそう。では、価値観(好き嫌い)って、どう見つけるのか。それが、自分史なのだそうです。過去の自分を振り返って、自分がどんなことをしてきたか。自分が、色々な経験をしてきた中でどう感じたか。そういうことを書きなぐっていくと、自分が見えてくるそう。この境地は、書いた人にしかわからないそうなので、自分史コンサルを受けてみるしかないらしいです笑

 

要は、過去を振り返って、自分とはどういう者なのかをノートを3冊も使って徹底的に分析していくと、自分がどんな思考のパターンをするときに気持ちがいいのかとかがわかってきて、それが自分の心のエンジンになると。そして、エンジンに合った思考・行動をすることを「自分で考える」と言うのだそうです。

 

「自分で考える」こと自体を、自分で考えてみる

阪井さんが上記ように「自分で考える」ことを定義されているのはわかりました。確かに、ノート3冊も自分のこと書いたら、自分のことわかってきそうって思います。自分がどんなことをしてきたかを書くのも大変なのに、「そのときどう思ったか」を言葉にするのはもっと大変です(ちょっとでも自分でやってみればわかります)。

 

ただ、逆に、形にすることで初めて理解できるとも思います。それを狙っての自分史なのでしょうし、自分でやると大変だからこそ、阪井さんとのコミュニケーション上で自分史を作ってゆくのでしょう。

 

では、万人にとって、ノート3冊の自分史によって自分の過去を掘り起こして価値観を浮かび上がらせて、その価値観に沿って行動することを「自分で考える」と言うのかと言うと、別にそう言うわけではないと思いました。そもそも、「自分で考える」ことを、阪井さんの定義任せにすることこそ「自分で考える」に反すると思ったからです。では、自分で考えるって何なのか。

 

「自分で考える」=「自分の時間を充実させること」

僕がまず思ったのは、「なぜ考えるのか」です。考えることは大事だと言いますが、なぜ考えるのでしょうか。思いつくのは、「お金を稼ぐには考えないといけないから」「単に組み立てるのが面白いから」とかです。

 

「面白いから」までくると、なぜ面白いのか・・・。だって面白いから。となりがちですが、ちょっと思いを巡らせた結果、僕は「時間が充実していること」を大切にしているようです。

 

まず「自分で考える」と、その時間自体が楽しい。次の行動に関して計画したり、やることを色々決めていって・・とその繰り返しが面白いし、その過程自体も、どんどん磨かれてゆくのも面白い。もともと持っていた知識と他の知識が繋がってゆくことも面白い。そうすれば、さらに多くのことを考えて時間を充実させられそうです。

 

その上、その考えて行動をした先に、人の役にも立って、お金を貰える額が増えれば、そのお金は、時間を充実させるのに使えます。新しいスキルを身につけたり、見たことがない景色を見にいったり。人と会ったり、喜ばせたり。また、そんな自由な時間を得られるのも、お金があるからです。どうやら、僕はお金をたくさん持っていることにはあまり興味がなく(持っていたことないけど)、お金で時間を充実させることに興味があるようです。

 

時間の充実のためのお金が貰えても、嬉しくない場合もある

でも、楽しく考え、時間を充実させるお金も貰えたからといって、人のためになっていなければ、別に楽しくないのです。それは僕にとって時間の充実を裏切るものです。僕はマイナスの情報格差を嫌いますし、自分はやりたくないと思います。この情報格差に関してはまた自分なりに整理したいと思っていますが、情報格差には正(+)の情報格差と、負(−)の情報格差があると思っています。負の情報格差によるビジネスは嫌いですし、その世界に触れたいとも思いません。

 

情報格差のプラスマイナスはどう判断するかと言うと、「生産者しか知らない情報(これが情報格差)を消費者が知った時、それでも消費者はその商品・サービスを買うか」で判断します。仮にこの判断で「No」になったら、それは、消費者にとって本当は無価値のものと言うことです。詐欺では?笑 ですが、そう言うものが蔓延っているのが今の日本でもあります。ちなみになぜ嫌いかと言うと、せっかく自分の時間をお金に交換して充実させるはずだったのに、それが無価値に終わるからです。それは結果的に自分の時間を奪っています。

 

こう思うと、やっぱり僕にとっては「自分で考える」=「自分の時間を充実させること」のようです。

 

※ここから下はちょっと話が吹っ飛んでるかもしれません。以下のことに関しては人によっては論理的に破綻していると感じるかもしれないので、超暇な方だけお読みください。

価値観がブレない必要があるか

さて、阪井さんの「自分史」は揺るがない自分の軸を見出すものだと思います。一方、僕は日頃から、「価値観は視点によってどうとでも変わる」と考えています。なぜなら、僕は時間は過去から未来ではなく、未来から過去に流れていると思っているからです。

 

過去がどうだったかを決めるのは、今、あるいは未来の自分の状況だと思います。過去がどうだったかを決めるのも今の状況ですよね。今の状況次第で過去の良い悪いは簡単に塗り変わると思うのです。過去の意味づけの仕方・傾向を価値観とするならば、それは別にどう動いても良いのではないかと(あくまで自分は)思います。

 

それもあってか、僕にとって「自分で考える」とは結構短期的なことです。そのとき、自分が充実しているか。それが重要です。それに合致するものをそのときやれば良い。今やっていることがどう意味づけられるかは未来にしかわからず、何が正しいかなんて「考える」のは時間の充実に反します。

 

ストレングスファインダー曰く、僕は「戦略性」が該当するそうですが、それは複眼的に未来を予測すること楽しいと思うっているからだけだと思います。ちなみに、僕は「戦略性」「個別性」「着想」「学習欲」「最上志向」が自分の5つの性質でした。他の性質も読みましたがかなり当たっていると思います。ぜひやってみてください。

 

 

やてん

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