微分とは未来予測である。会話を上達させたい自分の足掻き

「農学とは、生物学を化学で説明する学問である。 ーやてん」

 

これは、僕が思う、農学の定義です。農学というと、農業に関係する学問と思われがちです。しかし、実際のところ、農学は現実の農業からは嫌われています。「理屈じゃないんだよね」なんつって。

 

農学は、農業から題材を選んではいます。つまり、農業から農学ヘはアクセスしやすいです。逆に、農学→農業へはアクセスしにくいのです。

 

農学には、生理学(光合成や呼吸の仕組みを詳しく知る)、病理学(病原菌の生態や発病の仕組みを理解する)、遺伝・育種学(遺伝、生殖の仕組みを理解する、それを利用する)などがありますが、どれをとっても、直接農業には役に立ちにくいのです。

 

だから、農家からは「理屈じゃない。」と跳ね除けられてしまいます。

 

それでも僕は農学を農業と近づけたいと思っています。これは農業の成長のための課題の一つだと考えていますし、仮にそれを可能としたとき、農業の魅力を向上させることにも繋がると考えています。

 

農学と農業の話はさておき(これはまた書こう)。今日の記事の内容は、農学とは、という語りではなく、「〜とは、」という、定義づけの話です。

 

上で述べた、僕なりの農学の定義づけは、他の人から「農学って何?」と聞かれたときに、簡潔に理解してもらうために用意したものです。

 

どうして定義づけの話をしようと思ったかというと、僕は話すのが下手であり、定義づけが自分の説明能力をあげるトレーニングになると思ったからです。

 

簡潔に話したいという永遠の憧れ

僕は話が冗長になりがちです。このブログをご覧の方ならお気づきと思いますし、たまに自分でも思います。

 

なぜ長くなるかというと、自分で書きたい(話たい)ことを見失ってしまうからです。あれやこれやと話して、「あ、これが結論だわ」と最後に結論を答えてしまう。

 

文章の場合、推敲という手段がありますので、それなりに簡潔になるよう直せます。しかし、生の会話において、瞬時に的確に思ったことや、その理由を話そうと思ってもなかなか綺麗にまとめきれず、ダメだなぁと思ってしまうことも。

 

そんな僕からすれば、単純明快に答えられる人が羨ましいのです。で、自分もそうなりたいと思うので、簡潔に話をできる人の特徴を探してみました。

 

簡潔に話せる人とは

僕は、このタイプの人には2パターンいると思っています。まず一つ目のパターンは、「即座に考えを整理できる人です。」

 

簡潔に話せる人は、「どうして、その仕事を選んだの?」という問いに対して、「〜だから。それに、〜だし、ああ、しかも、〜。」という感じに答えずに「んー理由は三つあって、」という風に答えられる印象があります。「んー」の間で話の柱を三本立てられる人です。すごいです。

 

そんな感じに、しっかり短時間で答えを出せる人が、この世にはいる(と僕は思っている)のです。話の論点を外さず、瞬時に反応し、饒舌な人がたまにいますが、あれです。

 

もう一つのパターンが、普段から考えまくるタイプの人です。「これってどういうことだろう?」と材料を見つけては常に自分に問いかけ、それを整理してゆく中で、簡潔な形に磨き上げてゆく。膨大なテーマについてすでに考え尽くされているので、大概の会話では引き出しを開けるだけで全部出てきます。

 

僕は成長したとしても後者になれる想像しかつきません。記事を書いた内容に関しては簡潔に、しかも要求されれば骨太に説明できますからね。一方、あらかじめ準備されていない題材では理路整然には話せていませんから。

 

ただ、後者になるトレーニングを続けることで、前者に近づく可能性もあると思います。そのトレーニングが、今回の主題の「定義づけ」です。

 

簡潔に話すための練習として、「定義づけ」

そういうわけで、簡潔に話せるようになるためにトレーニングをし始めました。それが、定義づけなのです。

 

どうして定義づけが良いと思ったかと言うと、そのものの全体を見渡すことが必要になるからです。例えば初めの「農学とは」の話であれば、農学って何があったっけ。何を学んだっけ、と4年間を振り返る。その中で、共通点を探してゆく。それが、生物を、化学(場合によっては、物理)で説明しようとしているところでした。

 

最近、それを色々なものに対しても問いかけています。

 

経済学とは、未来の貨幣の動きを数学で予測する学問」で、

経営学とは、(企業の)最適な生存戦略を決めるための学問」です。

経営学に関しては、「生存」ではなく「成長」にすべきか迷いましたが、フェラーリのように限られた数しか毎年作らず、自社も市場も成長させないような会社もあるので、「生存」にしました。

 

また、

今僕がまた講師として高校生に数学を教えるとしたら、

微分とは未来予測である

と僕は高校生に教えたいです。この理由はここには書きません。長くなるので。

 

このように、「定義づけ」をしてゆけば、まずものに対して全体を知れるので詳しくなりますし、因果関係も整理できますし、他のものとの違いや類似にも目を向けることができると考えています。

 

そして、この訓練を積むことで、考えること自体が早くなれば、「簡潔に話せる人」により近づけられるのではないかと考えています。

 

とりあえず、一日に最低一個定義づけをやっていくとします。

 

今後の課題

ここには、「定義づけ」が有効だったとして、その後に何をするのかを書き記しておこうと思います。今回話した「定義づけ」には弱点があると考えています。例えば「農学とは生物を化学で説明する学問である」と言う定義づけは、化学と生物をやった人には伝わることですが、そうでない人に伝える場合、不適切な定義づけになります。

 

つまり、スタンス(誰と話すか)によって、表現を変えられるようにしなければなりません。ですから、定義づけのトレーニングによって話す力がついてきていると感じられるようになったら、今度は、スタンスの数を増やして誰にでも理解してもらえるような表現力を身に付けたいです。

やてん

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