iPhoneは僕には高すぎた 解像度とデザイン

今回の記事の発端は、家電を見にヨドバシカメラへ行ったときのことです。探し物は、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジです。ルームシェアから一人暮らしに変更する可能性があるため、持っていない家電を早めにチェックしておこうと思っていました。また、前回の記事で書いたように、ドライヤーの使い勝手も見たかったのもあります。

 

一人暮らしであれば、冷蔵庫は容量がある程度決まりますし、その上に置く予定の電子レンジの大きさにも制限があります。洗濯機に関しては、数年に渡って使用することを考えて、節水ができるものが良いなと考えていました。

 

それなりに、どれが自分に合っているかを考えるためのポイントが決まっている上で、見に行ったわけです。

 

そんな中、人が群がっているカメラ売り場を覗き見ましたが、家電と打って変わって、そのラインナップに圧倒されていしまいました。そう、知らないものは、どれも同じに見えるのです。

 

購買行動のプロセスと解像度

ものについて詳しいか詳しくないかに関して考えるときに僕がよく使う言葉に、「解像度」があります。ものをよく知らない人にとっては、ぼんやりとしかそれが見えない。つまり、「解像度が低い」。逆にものをよく知る人は「解像度が高い」。そんな風に例えます。

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僕は家電芸人ツッチーほど詳しくはありませんが、興味が出てからは家電についてそこそこ詳しくなりました。それなりにメーカーの主力商品の機能についても説明ができます。「解像度が上がった」と言うことです。一方、カメラに関しては、まるでくっきり見えません。「解像度がかなり低い」です。

 

 

こんな風に書いてみると、自分の興味・関心の度合いが解像度に関係してくるとわかってきますが、実は興味・関心と解像度は、消費者の購買行動に近いものがあります。

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コトラーの購買行動 5つのプロセス

「問題認識」と言うのが、この記事で言う興味、関心の段階です(AIDMAモデルを合わせると、もっと前の段階になる)。そしてその後、「情報探索」をします。三つ目の「評価」と言うのは、「代替案の評価」であり、要は特徴を比較している段階のことです。家電に関して、今僕は「情報探索」のあたりにいます。

 

一方、カメラに関しては一番初めの「問題認識」の段階にすら立っていません。

 

ここで伝えたいのは、そもそも解像度が高くあるためには一定以上の問題認識が必要だと言うことです。解像度が高くなってくるのは、「代替案の評価」のあたりだと思います。ここまでくるためには、それなりの興味が必要なのです。

 

解像度と知覚の関係

興味・関心が高まり、購入に近づくまでに解像度が上がってくるのはわかりました。ところで、解像度が高ければ、いい買い物ができているのかと言えば、実はそうでもない、と僕は最近思っていて、それが今回の記事で伝えたいことなのです。

 

その理由が「知覚」です。以前ジョブ理論についてまとめた記事でも抜粋した通り、製品が一度性能競争に陥ると、その性能消費者に伝わらないくらい改善され過ぎて、無意味に価格が高くなってしまうことがあるのです。

 

乾燥機能がついていない洗濯機の持ち主にとって、乾燥機能がついた洗濯機はインパクトが大きいかと思います。一方、洗浄機能が今のものと比べて120%アップした洗濯機(例えば泡洗浄・温水洗浄など)のインパクトが薄いのは明らかでしょう。その機能がが実際に使ってみてわからないレベルになってしまうと、ただの高い買い物になってしまいがちなのです。

 

結果、価格に対する機能は改善されていても、気がつかないうちに価格に対する効用はどんどん低くなってゆくのです。

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解像度が上がることの危険性は、そこにあります。細かい差を数字だけで知ってしまうと、「なるべく性能がいいものの方が良い」と思って高額な買い物に無頓着になってしまうのです。そして、価格に対する機能と効用の差が大きくなってゆくと、次第に「うちの洗濯機、高すぎない?」と気がつくようになってゆくのです。

 

そう、不用意に機能を追求すると何が問題かというと、買い物のグレードがいちいち高くなってしまうのです。よって、生活コスト全体が高くなり過ぎることにも繋がります。

 

最近はそのあたりが認識され始めてきていて、その打開策として、デザインが重要視されてきているのではないかと思います。

 

現代におけるデザイン重視の本質は逃げである

僕はiPhoneを使っていますが、何に使っているって、ライン、メールチェック、調べ物、そのあたりのものです。あとは、乃木坂のリズムゲームでしょうか(もう1年以上続けている笑)。

 

ファイル転送のAirDropは便利だとは思っていますが、格安なスマホでも、その機能を代替可能ではあります。iPhoneはやたら性能が高くなり、価格も高くなっていますが、使うアプリに関しては、そのハイスペックは不要です。

 

要は、上でああ書いているのに、僕は無駄に高いスマホを使っています。iPhoneの恐ろしいところは、外見、UI(画面のデザインのこと)共に僕が好みのデザインをしていると言うことです。多くのiPhoneユーザーにとって、iPhoneを使う理由は僕と近い理由なのではないかと思います。

 

昨今、日本においてもデザインが重視されてきています。それは、意匠法(デザインの特許みたいなもの)の改正からも伺えます。今までは登録から20年間の保護期間だったのが、申請から25年へと伸びるのです。

 

今回話題にしている解像度は、このデザインの重要視と無関係ではないと思います。機能の違いが伝わらなくなってきたので、違う土俵で勝負しようという風潮になってきたのだと思います。

 

デザイン代を「高い」と思えるように

僕は、安い洗濯機を使っても汚れを落とすのに苦労がないことから、温水洗浄も泡洗浄も必要ない立場であり、ゆえに洗濯機の洗浄力に関しては、機能の向上に合わせて価格が上がるのは甚だ迷惑な話だと感じます。

 

そんな僕ですが、家電業界でも機能よりデザインが重視されるようになったらどうだろう、と思います。デザインの好みは僕の中で強くあります。使用用途に見合わない高額過ぎるiPhoneを持つことがそれを証明しています。

 

今までの製品の解像度と評価軸が異なる(と、今の所思われる)デザインで差別化が図られるようになったとき、果たして僕は、冷静に価格と機能だけでモノの価値を考えることができるだろうか。自分に対して疑問を持ちます。

 

こういう消費心理は、立ち直って考えないと、知らないうちに自分の中に浸透してしまい、自分にとって高い買い物であることに気がつかなくなってしまうと感じます。デザインでモノを選びやすいとはいえ、iPhoneを「高過ぎた」と感じる今の感覚を大切に、買い物をしてゆこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やてん

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