情報格差のプラスマイナスと経済の閉塞の関係

以前の記事で述べた、「情報格差」に関して今回は考えてみようと思います。「情報格差」=「情報量の差」です。情報量の差に関しては昨日の記事で書いた通り、「情報量の差=暗黙知ー形式知」で表されます。

 

ちなみにアイキャッチ画像は世界の情報格差(ウィキペディアより拝借)を描いています。日本は世界に比べて、これでも情報量が多い国みたいですね・・。今回まとめるのは、日本の中で起こっている情報格差に関してですが。

 

では「情報量の差(今後は情報格差と書く)」のプラスとマイナスに関して話をしてゆきます。まず、プラスとマイナスの違いはどこで決めるのかという基準ですが、服を例にして試してみます。

 

情報格差のプラスとマイナスとは?

例は、服のOEMに関してお話しようと思います。ご存知かも知れませんが、ルイヴィトンなどのラグジュアリーブランドはOEMです。彼らは、服を自社の工場で作っておらず、他の工場に依頼して服を調達し、その服に「ルイヴィトン」の札をつけて販売します。あまり明らかになってはいませんが、ルイヴィトンに服を卸している工場は、イタリアのある工場です。

 

ルイヴィトンに服を納品している工場自体も自社のブランドを別に持っており、服を百貨店などにも卸しています。つまり、デザインが多少違っても、タグが違うだけで質は変わらず、でも値段は高い、ことが起こりうるのです。「ルイヴィトンが好き」な人は、それを知ってもルイヴィトンの服を買えばいいと思えますが、仮にブランドに興味を持たずに、「いい服が欲しい」と思っているだけなら、この場合「工場の情報を知らないせいでより高いものを買うことになった」結果になります。

 

もちろん、「ルイヴィトンの服であれば質は間違いない」と言うイメージこそブランドの力なのですが、それにしたって、50万円と17万円の差は大きすぎるでしょう。このように、「仮に情報を全て知っていたら買わなかったはずなのに、知らなかったから買ってしまった」状ときの情報格差を「マイナスの情報格差」と呼びます。

 

一方、例えば服自体を買うことを考えてみます。服は当然外出時に必要ですが、それを自分で作ろうとは思わないはずです。なぜなら、自分で作っても、すぐに気に入ったものを作れるようにはならないと理解しているからです。買うのであれば、それに精通した人たちがデザインして作ってくれるし、簡単です。ほとんどの人が、服を買うより、作った方が安いと知っていても、服を買います。この「すぐに気に入ったものを作れない」や「精通」こそが、「プラスの情報格差」です。

 

マイナスの情報格差があることは必ずしも悪くはない

これが悪いかといえば、別に全てが悪くはないと思います。さっきのルイヴィトンの例で言うなら、仮に服の工場に関して知らなくても「ルイヴィトンで買えば間違いない」と言うように、ブランドの信用のおかげで選ぶのに手間がかからないからです。時間を節約してくれる意味でも、あるいはデザインにこだわりがある人は、そのブランド特有の商品の柄(ポールスミスとか)がいいとか形状がいいとかもあると思うし、悪いことばかりとはいえません。

 

では、何が問題なのか。世の中には、情報を「隠す」ことで情報格差を作り出し、それを利益にすれば良いと言う風潮があると感じるからです。「実は内緒なんだけど、この本って、簡単なこと書いてあるけど、絶対に真似できないように書いたんだよね」とか。結局その人の近くに行って(これにもお金がいる)実際に会って行動を観察する位置に行って、ようやく、本と実際の情報格差を理解する、と言うようなビジネスです。でも理解しても、それを自分もお金に買えられるかと言うと、そんなことはない。難しいところです。

 

で、そう言う人たちは、必死にたどり着かせないように、情報を薄めたり、偶然起こった出来事を、あたかも必然で起こったかのようにストーリー立てて語ったりすることで、自分が成功した道を霧の中に隠し、歩こうとする人を阻もうと企んできますし、そう言う人は、そう言う人たちでチームを作り、チームでそう言う状況を巧みに作ってゆきます(もちろん、一部の人たちです)。

 

僕は、昨今発売されるビジネス書や自己啓発書に関しては、体系立ちすぎていたり、読みやすい本にこそ注意が必要だと思っています。読みやすい本というのは、誰にでもわかる「形式知」でしか書かれていないことが多く、その形式知は、著者の体に染み込んだ本当のイメージ(つまり暗黙知)と乖離して表現されることが多いからです。逆に落合陽一さんの本は注釈が多く、結構「落合語」チックなところがあるし、読みずらい、理解しずらい、と思うこともありますが、それは、彼が自分の肌感覚ありのままを書いているからだと思います。珍しく、彼の本には「プラスの情報格差」を感じます。

 

「マイナスの情報格差」は経済の閉塞と関係ある?

実はこの記事を書こうと思ったのは、「マイナスの情報格差を作るから、経済はうまくいかないんじゃないか」という仮説が立ったからです。マイナスの情報格差は、情報を隠して利益を得ますが、それは先進的ではありませんし、進歩もしていません。ただ制限しているのですから。

 

官邸も、最近は知的財産のグローバルな利用などについて考え始めているようで、「知財輸出」なども考えているようです。ライセンス料が世界から得られれば、モノを輸出しなくても(輸送費がかからずに)お金が国に入ってきますからね。

 

考えるべきは、どのように楽をして情報格差を作るか、ではなく、情報格差を作るために、どのように楽に暗黙知を貯めるかだと思います。経済成長が停滞する今、必要なのは、上で書いた「情報量の差=暗黙知ー形式知」の「暗黙知」を増やそうとする人を、どう増やしてゆくか、だと思います。

 

効率性、生産性の前に、もっとやることがあるし、暗黙知の蓄積による情報量の差を活かしたビジネスは自然と利益も高くなりますし、そうすれば生産性は勝手に上がると思います。もちろん、そのための投資は必要でしょうが、その投資に関しても「何が一番価値の高い暗黙知になるか」を考えて、集中投資することが重要で、なんでも手当たり次第にやってしまうのは、もうやめた方が良いと思います。今、成長している会社は、「なぜ、他ではなく、あえて自分たちがそれをやるか」まで考えているところではないでしょうか。あえて自分たちがやることには、他にはない「資源(ヒト・モノ・カネ)+暗黙知」がありますからね。

 

情報格差を考えて判断する人になる

何が言いたいかというと、情報格差を意識しないと、マイナスの情報格差を使ってビジネスをしてくる人に取り込まれて、その人たちにご飯を食べさせることになるし、何も身に付かずに終わってしまう危険性がある、ということです。そういう人たちは、さもすごそうに形式知を振りまいたりして、世の中の暗黙知の形成を防ぎます。

 

こういう情報は、実用性でいうならウィキペディアとそう変わらないと思います。また、マイナスの情報格差を使った商品(特に化粧品の中には、こういうものがたっっっっっっくさんある。)も、買わないほうがマシです。それでわかった気になって深く掘り下げること、理解することをしないでいると、自分の「プラスの情報格差」を作るための時間が、気がつかないうちにどんどん無くなってしまうのです。以前の記事で、スマートフォンを使う時間をコントロールすれば、簡単に人より痩せられるし体も鍛えられるとお話ししましたが、それと全く同じです。

 

別に、それが悪いとか、良いとかは人によっても違いますし、そういうのは個人の意見ですが、情報格差自体は、理解しておいた方が良いと思います。この記事は自分でまとめたくなって書いたものですが、これがいろんな人に気づきを与えられたら幸いです。

やてん

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