AIとアインシュタインの共通点 アインシュタインの見ている世界と僕らの見ている世界は違った?

アインシュタインは光速度が一定であることを成立させるために、空間を歪んでいるとの仮説を立てました。これは、常日頃から景色を見ている僕らにとって、常識を覆す発想です。それは、ただ景色を見ていては、あるいは数式と向き合っていては、発想もしない切り口だと思いました。

そこから、アインシュタインは、実は僕らとは違う切り口で世界が見えていたのかもしれないとも思いました。実は、以前の記事で書いたように、昨年、僕が「相対性理論を理解する」ことを目標にしたのは、相対性理論を学ぶことで、アインシュタインがどのように世界を眺めていたのか、その一端に触れてみたくなったからです。

その目標は、道半ばで途絶えてしまいました(本、難しかった。また挑戦するつもりではいる。)が、別のアプローチがあるかもしれないと思いつきました。

実はAIのディープラーニングと人間は、モノの認識に関して判断する際の視点が違う場合があるそうなのです。例えば、ネコを人間が認識する場合、ヒゲ・ミミ・目・色などで認識すると思います。しかし、AIは、ネコを人間と全く異なる判断材料(特徴量と言うらしい)で認識している可能性があるそうなのです。

これをもう少し人間に近いところで言うと、細胞の病理診断を行う際、全く同じ病名を診断したとしても、その際の判断材料は異なるということもあり得ます。

この現象に出会ったとき、人はAIの判断プロセスを理解できないと思う一方、新たなモノの見方を手にする可能性があります。この「新たな見方」こそ、アインシュタインの世界の景色なのではないかと思いました。しかし、ここで「この切り口は新たな見方だ」と言ってくれる人はどれくらいいるのでしょうかね。結構少数なのではないかと思います。アインシュタインの発想を批判する人がいるように。

実は、これよりもっと小さいレベルではありますが、僕らは日常的に経験していると思います。人が何か既存の見方と異なる見方をした際、「?」となるときです。これは、実は常識を覆す新たな発想である可能性が高いことを示しています。でも、僕含め常識に縛られてしまう人は耳を貸そうにも、理解できません。しかし、今後AIと付き合ってゆく際にも起こりうるし、もしかしたら、アインシュタインの発想に出会えるかもしれないのです。

僕は、AIが異なるプロセスを僕らに教えてくれる瞬間に立ち会うとき、その判断材料を「新たな見方だ」と思えるようになりたいと感じました。それが、アインシュタインの世界の見方の一端を、そこから得られるのではないかと思ったからです。そのために、必要だと思ったことがあります。それは、「人の意見の内側で起こった理由を知る」ということです。

人は、自分の持つフレーム(物事を判断するときの軸。価値観とも言う)で物事を判断しがちです。しかし、人によってフレームは異なります。中には、自分と全く異なる切り口で世界が見えている人がいるかもしれない。そういう考えで、まず、人の言葉に対して、「WHY」から始める。その積み重ねが、「新たな見方だ」と思える基礎を作るのではないか。そして、その基礎が、アインシュタインの世界の見方にも繋がるのではないかと、そう思いました。

やてん

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