ノートを埋める勉強の意義 書く勉強は書くことよりも、積み上げることが重要?

書く勉強はノートをコレクションにすることに意味がある

1ヶ月半ほど使って、ノートを1冊埋めてみて、思ったことがあります。ノート埋めることは、「埋めないと」という強制力から、無理にでも書くことを探します。すると、意外と見つかるし、埋めるために追加で調べたりもします。

 

これをいらない紙の裏とかに書いたりしてしまうと、覚えはするのですが取ってはおかないので、そもそも「少しでも調べてたくさん書こう」という気が起きません。一方、今回気が付いたのですが、ノート1冊使い切ったという久々に味わう達成感に、ちょっと浸っている自分を発見しました。

 

つまり、書き溜めて埋まったノートは、自分の一つの自信にもなるということです。では、身になっているのかといえば、なっています。ノート1冊を埋めてゆく過程で、3回解いた過去問もあるのですが、解くたびに気づきもあり、そして解くたびに解けるようになってきます。最終的には、初めは60点代だったのが、90点代にまでなるものもあります。

 

この過程で、基礎的な部分はしっかり体に刷り込まれてゆきますし、しかも、達成感があります。そして、いい点数が取れるようになってくると、モチベーションも上がります。

 

今まで書く勉強を軽視して読むことばかりやっていました。じっくり読まなければ、知識は当然入ってきません。しかも、問題を確信を持って解くほどになるには、結構細かいレベルまで覚えなければいけません。

 

読む勉強よりも短期間の効率はいい

でも、問題を解いてゆく中で、ある知識と他の知識の違いとかを理解してゆくと思えば、確かに解くことには価値があります。問題を解かずに自分で違いをまとめるとなると、結局表を書かないといけなくなるのですが、一つのトピックを表にするくらいであれば、網羅的に出題される問題を解いて、差異に関する出題を解いて体に覚えさせた方が効率は良いのだと気がつきました。過去問に、「過去問の演習が基本である」と書かれており、読むのが得意な自分としては「嘘こけ」状態でしたが、なるほど効率良いぞ。

 

しかも、過去問を解くのは練習なわけだから、「あ、これ覚えてすらいない」というような知識があったら、そのときに周辺知識と合わせて覚えればいいんだとも思いました。あ、こういう知識の使われ方するんだ、ということが、問題演習を通じてわかります。自分で読むところから始めると、関連性をも自分で想像しなければならないので、とても時間がかかります(ためにはなるが、成長する点数に対しては時間投資の効果が薄い)。

やてん

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